こんにちは、たまごです。
今日は2020年8月31日に参加してきた、新北市図書館本館(新北市圖書館總館)の映画鑑賞会と、映画そのものの感想をお話したいと思います。
当日は、映画鑑賞の後、監督のヤン・リージョウ(楊力州)さんがいらして、講演と質疑応答もあり、とても楽しかったです。
こんなおもしろい会で、しかも、なんと参加は無料なんです!!空席もあったんですよ!すごくもったいないです。映画好きの方にとてもおすすめです。
映画の紹介
映画概要
予告編
タイトル:紅盒子
(日本語タイトル:台湾、街かどの人形劇)
監督:ヤン・リージョウ(楊力州)
出演:チェン・シーホァン(陳錫煌)
*総合監督に『悲情城市』『戯夢人生』のホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の名前がありますが、名誉職のような感じで、実際の取材・監督はヤン監督です。ちなみに『戯夢人生』の出演はチェン師父のお父さんの、リー・ティエンルー師父です。
あらすじ
映画の内容は、台湾の布袋劇人形師で人間国宝のチェン・シーホァンさんを10年間追い続けた記録です。オープニングで静かに一人演じる師父の見事な指の動き。海外公演も多数行っており、その様子も観ることができます。
「紅盒子」とは、赤い箱の意味で、その中にはチェン師父が公演の際いつもお祈りをしている「田都元帥」—演劇の神様が入っています。(ちなみにこの記事の一番上の、赤いお人形も田都元帥です。)
この映画には二つの大きなテーマがあります。一つは、衰退していく台湾の伝統的な布袋劇の問題。もう一つは、偉大な父と子の関係です。
※ここで布袋劇と呼ぶのは伝統的な方の布袋劇で、テレビで放映されている特撮技術を使った霹靂布袋劇とは違うものです。
伝統的な布袋劇の衰退
台湾の伝統的な布袋劇は、台湾語で繰り広げられる、台湾のローカルな人形劇で、よくお寺などで行われています。人形師さんが手や指を入れて人形を巧妙に操ります。昔は布袋劇を見るためにたくさんの人が集まったそうなのですが、今ではお寺の前に劇団が来ていても、50代あるいはそれ以上の年代の方が、数人程度しか足を止めません。継承者も少なく、若手育成・存続のための財源も不十分です。台湾政府も特別な支援策を打ち出さないため、衰退の一途をたどっています。事態を突破すべく、チェン師父が色々なアイデアを出しますが…。
父と子の関係
このチェン師父のお父さんは布袋劇の世界で非常に高名な方:リー・ティエンルーさんという方です。チェン師父は公の場に立つ時はいつも偉大な「リー・ティエンルーさんの息子さん」と紹介されます。
台湾では一般的には子どもはお父さんの姓を名乗ります。でもチェン師父は家の都合で、お母さんの名字を継いだそうです。それでいて、父と同じ芸の道を歩んだ。普通の父と子ではなく、大先生と弟子という関係で、姓も違うということからの確執もあり、最後までこの父子には心理的に遠い距離があったそうです。
ヤン監督の話
当日映画を鑑賞した後、ヤン監督が登場し、講演+質問コーナー(50分くらい)がありました。
この映画の意義
ヤン監督は、映画の取材からしばらく経った後、陳師父の弟子の一人だった方を訪ねる機会があったそうです。その時愕然としたのは、なんと元お弟子さんは車の清掃の仕事をしていたそうなのです。車の清掃ももちろん立派な仕事ですし、収入も布袋劇の人形師より安定しているかもしれません。でも特別な伝統芸能の技術を持った人が、生活のために元の道を断ち切らねばならない。
監督の話で、私達は改めて台湾の伝統芸能の厳しい状況を思い知らされました。
映画の中で、伝統的な布袋劇がどんどん衰退していき、チェン師父はそれが「耐えられない」と語っていました。しかしチェン師父の息子さんは、布袋劇は台湾にとってどんどん必要のないものになっていくだろうと語ります。
監督自身も、「伝統的な布袋劇はいずれは無くなるだろう」、と言い切りました。「それでも、少なくとも今すぐになくなるとは考えていない。この映画が公開されたことで、今布袋劇に携わっている他の方々、今が現役の、だいたい50代前後の方々の仕事を守る手助けはできるのでは。そういう意味でこの映画の意義はあると考えている」、と語っていました。
そして、10年に亘り行なった記録ですが、元々は布袋劇にまつわるドキュメンタリーを撮っていたものの、「チェン師父もいつまでも100%お元気ではなく、いつまで布袋劇が演じられるかわからない」という事実を突きつけられ、途中から、布袋劇そのものも撮っています。
チェン師父の動きを後世に残すためです。この映画ではチェン師父の生活の様子などを撮るだけではなく、人形を操る動きを記録していました。映画には出てきませんが、最近では、それをVRなどにして練習できるようにする試みもあるそうです。
質疑応答タイム
布袋劇の演技シーンが無音声なのは?
「チェン師父の演技のシーンを無音声にしたのはなぜですか?せっかくの、布袋劇の特徴である台湾語を聞かせてくれないのには、なにか理由があるのでしょうか?」という質問です。
監督は、実は音声ありバージョンとなしバージョン、両方作っていたそうです。その上で敢えて無音声バージョンを残した理由は2つ。
一つは、師父の使う台湾語は、他の台湾の方が使われる一般的な台湾語とけっこう違う部分があるそうなんです。例えば単語の選び方も「こちらの方が美しいから」と、普段みんなが使う台湾語とは異なる部分が多いんだそう。
映画になることでいろんな立場や出身の人たちが見たとき、言葉の違いの部分で複雑な議論が起きてしまうよりは、いっそ無音声を採用しようと考えたそうです。
もう一つの理由は、無音声でも、動きだけでこんなにも生き生きと表情豊かであることを知ってほしかったというもの。音声あり・なし、どちらにも良さはあったと思いますが、確かに音声がないことで、見事な人形の動きに集中できたことは間違いありません。
人間関係の描き方について
お客さんの一人から、「劇中に出てきた、チェン師父の弟さんが亡くなくなった展開が急だった。」「チェン師父の父・リー・ティエンルー師父が開いた劇団、”亦宛然(I Wan Jan)”とチェン師父の関係はどうなってしまったのか、そこが描かれていないのはなぜか」という質問がありました。
亦宛然とは、チェン師父のお父さんが作った劇団で、団長はチェン師父ではなくチェン師父の弟さんが継いでいました。
簡単に言ってしまうと、劇団側から、劇団と師父の関係についても映画にするのであれば、撮影には協力できない、と断られてしまったそうです。監督も、そこを描けるならば描きたかったと言っていました。チェン師父自身は、「いいところも悪いところも全部撮ってくれ」という姿勢の方だそうなのですが…。
実際の関係性としては、それまでチェン師父と劇団の関係をつなげていたチェン師父の弟さんが亡くなってから、チェン師父と劇団との関係は悪化してしまったそうです。
その後、インターネットのニュースを見て知ったのですが、この劇団から、映画の内容が偏っているという抗議があったとか。監督も、自身の見方や意図があるので、やはり見る人から見ると偏った内容に感じられるというのも、分かります。ドキュメンタリー映画ならではのつらい・難しいところですね。これ以上書くと私も劇団から怒られてしまうかもしれないのでやめにします。
いろんなことはありましたが、チェン師父はその後自分の名前の劇団を開いたそうです。ずっと偉大な父の付属品のような紹介のされ方をしてきましたが、その時初めて自分の名前で自分を表現したんですね。それを知った時、ヤン監督はとてもうれしかったそう。父が偉大であるほど、「自分をどう表現するか」はとても難しいんですね。
感想
※私個人の感想です。
芸術と経済が両立できないジレンマ
私は芸術家ではないので、芸術家の本当の苦しさはわかりませんが、国宝に当たるほどの人や、高い技術のある人たちがいる劇団が、その道を追い求めれば求めるほど経済面で苦しくなっていくのを見るのはつらかったです。
できる人が次々減っていき、お弟子さんも監督も、布袋劇はいずれ消えてしまうと思っている。でも私は、国特有の文化は国民のアイデンティティの一つだと思うので、伝統的な布袋劇が消滅するということは、台湾人が台湾人である自分を表現する方法が一つ減ることだと思っています。だから、残って欲しいと思う…ただ、だからと言って、私にも自分の生活がありますし、何もすることができない。映画を観ている最中に自分の中でジレンマに陥ってしまいました(^^;)
映画の中で印象的だったのは、布袋劇再興のため、宜蘭県の文化センターで布袋劇のコンテストが開かれた部分です。チェン師父は出場者の演技を見て怒ってしまいます。「誰も真面目にやってない」「コンテンポラリーもいいけれど、コンテンポラリーをやるためには伝統を理解していないとダメ」と言っていました。私も同感です。
なぜこんなことになったかというと、そのコンテストには賞金があったんですね。みんな賞金欲しさに、手っ取り早く観客を「感動」させようとしていました。
コンテストの参加者には、そもそも布袋劇でどんな技術が使われているか、どんなことがテーマになっているかを、見たこともない人もいるのでは、という印象を受けました。
お金だけが目的になってしまっては伝統は守れない。でも芸術が生き残るためには大義名分やお金が必要だったりします。
今回の映画の中で、1950年代からの台湾語禁止の影響が、少しだけ紹介されます。テレビの布袋劇でも謎の「中國強」というキャラクターが登場し、中国語の歌詞のテーマソングが流されます。日本時代にも皇民化運動があり、日本語劇を強制された時期がありましたから、布袋劇は度々政治に翻弄されてきたことになります。
でもちょっと見方を変えると、不本意な形に姿を変えながらも、大義名分を逆手に取って、なんとか残ってきたという見方もできると思います。
チェコで見た人形劇を思い出す
話が飛びますが、今台湾と友好的な関係を築いているチェコ共和国にも伝統的な人形劇があります。プラハの中心部に人形劇専用の劇場があって、毎晩夜8時から公演が行われています。この劇場で使われているのは、布袋劇で使用されているよりも大きい、小学校低学年の子どもと同じくらいの大きさのお人形だったと思います。
私が行った時はドン・ジョバンニが演じられました。言葉(歌詞)がわからなくても楽しめるようになっており、普通の平日でしたが、観光客や地元の人で満席でした。チェコの人形師さんたちは台湾の人形師さんたちよりも、ずっと頻繁に出番があるのです。
私は秋の終わりに行ったのですが、入場したところでコートを預かるおばちゃんがいて、チップを回収していました。公演は毎日あるので、いいアルバイトです。(夏はどうしてるのかな?)
プラハのマリオネットショップ たくさんのアーティストによる作品が展示販売されています。
チェコにはたった数日滞在しただけでしたが、さまざまなところに「芸術をお金にし、また芸術を生む」仕掛けがあるんだな、と感心してしまいました。
画家や音楽家、ダンサーなどなど、芸術家があふれ、ユーロッパ有数の失業率の低さを維持していることが、本当に素晴らしいと思います。
チェコは芸術を重んじる国ですから、台湾とは状況が違うかもしれませんし、急に変えるのは難しいと思います。でも台湾も、芸術を追求すればするほど生活が苦しくなっていくような悪循環に歯止めがかかり、チェコのようにできたらどんなにいいだろうと思いました。
親と子の関係-見かたは人それぞれ
監督と観客の皆さんとの質疑応答トークの中で、「映画では父親と息子の関係が描かれているけれど、母と娘の関係だったらどうなるのか、それも興味深いですね」、というお話も出ました。
私は女性ですが、若い頃から密かに「父に認められたい、何か社会的に評価されることで父を超えたい」と思っていたので、映画のチェン師父ほどすごい人生は送ってきてはいないものの、少しだけ自分を投影してしまいました。
他の方・・・20代以下の若い方、女性の方、などなど、いろんな属性の方が見たらどんな感想を持たれるのでしょうか。人によって感じ方は様々だと思いますので、ご興味のある方はぜひ観てみて欲しいです。
日本語タイトルに異論あり
付けた方に申し訳ないですが、はっきり言ってこの日本語タイトルは失敗だと思います。
「人形劇」と聞いて一般的な日本人が思い浮かべるのはどんなものでしょうか?NHK教育テレビで放映されていたような、おとぎ話を演じる可愛らしい人形劇ではないでしょうか?”街かど”の表記も、ひらがなが混ざっていて必要以上に可愛らしく見えます。
この映画のテーマの中に可愛いらしいものは何もなかったと思います。消滅の危機にさらされている台湾の伝統的な布袋劇の担い手と彼らの葛藤、現代台湾の抱える経済と芸術の両立、逃れられない偉大な父からの卒業、など、いずれもシビアなテーマです。
この日本語タイトルは誤解を与えると思います。もしタイトルだけ見てこの映画を観た人は、期待と違う内容でがっかりすると思うし、その反対に、台湾の伝統的芸術に興味のある人の目には止まらなくなってしまいます。
「布袋劇を知らないけれど、台湾に興味のある層」に幅広く観てほしかったのかもしれませんが、誤解を生むタイトルを付けるよりは、そのまま直訳して「赤い箱 -Father-」で公開し、”人形劇”よりも”布袋劇”という言葉を多く使って宣伝広告活動をした方が、この映画の内容に本当に高い関心を持つ観客を、もっと集められたのではないかと思います。
まとめ
図書館のイベントに関しては、台湾の公用語は中国語なので、原則すべて中国語で開催されます。もしそれが気にならなければ、これからもこういうイベントはあると思うので、台湾在住で映画好きの方はぜひ新北市図書館のイベントをチェックしてみてください。
この映画の鑑賞はこちらから
DVD
日本在住の方はこちらから購入できます。
Amazonは台湾への配送もできるようです(逆輸入ですね(笑))
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中国語版であればこちらもどうぞ
新北市圖書館總館 イベント参加方法
所在地:新北市板橋區貴興路139號
電話:+886-2-29537868
URL:https://www.library.ntpc.gov.tw/
(總館だけでなく分館も含む、新北市図書館全体のホームページです。)
※一階で図書館入館に氏名・身分証番号・電話番号を白い紙に書きます。コロナ対策です。台湾人の方は保険証カードを読み込めますが、外国人の場合は保険証カードがあってもそのカードは読み込まれません。用紙に手書きなので、私のように時間ギリギリに行くとかなり焦ります(笑)ご注意ください。
地図:
イベントの参加方法:決められた日時に行くだけです。今回の鑑賞会は、3階のホール(演講廳)で行われました。特に準備するものはありません。鑑賞料も無料でした。
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